洋裁教室 : パジャマ (2) [手芸]
語学教室とモラ [手芸]
語学教室の、「伝説のような、昔話のようなお話を書いてくること」という宿題に、石垣島の野底マーペーの伝説を書いて行きました。
野底マーペーは、恋人を想って石になった美女マーペーの悲恋伝説の場所で、野底集落からは一際目立つ、高さ281.4mの山です。
『伝説 ヌスクマーペー
昔、琉球王国時代、役人が国王の命として人々を一人残さず強制移住させる「道切りの法」という制度があった。
当時、黒島の宮里村のカニムイとマーペーは恋仲であったが、道切の法により享保七年(1732)に建立された新村、野底村へマーペーは強制移住させられた。
毎日カニムイの事を思い泣きもだえていたマーペーは、近くの高い山に登ってふる里を見ようとしていたが、オモト山が立ちはだかり、何も見えなかった。
幾日もなげき悲しんだマーペーは、頂上で祈る姿で石となった。その後、人々はマーペーをあわれみ、この山を野底マーペーとよぶようになった。
八重山歴史研究家 牧野清 山水会』
先生は「まぁ素敵なお話ね。」と言っていました。悲話なのですが、私の訳し方がおかしかったかもしれません。
昨年の1月に、石垣島の手芸仲間4人で野底マーペーに登った時のブログ。
http://blogs.yahoo.co.jp/jqnbm413/41404303.html
一緒に登山をした4人で、主にモラを作っていました。
過去に私が作ったモラの作品です。
野底マーペーは、恋人を想って石になった美女マーペーの悲恋伝説の場所で、野底集落からは一際目立つ、高さ281.4mの山です。
『伝説 ヌスクマーペー
昔、琉球王国時代、役人が国王の命として人々を一人残さず強制移住させる「道切りの法」という制度があった。
当時、黒島の宮里村のカニムイとマーペーは恋仲であったが、道切の法により享保七年(1732)に建立された新村、野底村へマーペーは強制移住させられた。
毎日カニムイの事を思い泣きもだえていたマーペーは、近くの高い山に登ってふる里を見ようとしていたが、オモト山が立ちはだかり、何も見えなかった。
幾日もなげき悲しんだマーペーは、頂上で祈る姿で石となった。その後、人々はマーペーをあわれみ、この山を野底マーペーとよぶようになった。
八重山歴史研究家 牧野清 山水会』
先生は「まぁ素敵なお話ね。」と言っていました。悲話なのですが、私の訳し方がおかしかったかもしれません。
昨年の1月に、石垣島の手芸仲間4人で野底マーペーに登った時のブログ。
http://blogs.yahoo.co.jp/jqnbm413/41404303.html
一緒に登山をした4人で、主にモラを作っていました。
過去に私が作ったモラの作品です。